ウェブトラッキングの多様性:GA, Adobe Analytics, Amplitudeの実装技術比較
ウェブサイトにおけるユーザー行動の理解は、Webマーケティング戦略の立案や施策の評価において不可欠です。その理解を深めるために様々なデータ分析プラットフォームが利用されていますが、それぞれのプラットフォームによって、ウェブトラッキングの実装技術やデータの捉え方には差異が存在します。本記事では、広く利用されているGoogle Analytics(主にGA4)、Adobe Analytics、Amplitudeという3つの主要なプラットフォームを取り上げ、そのトラッキング実装における技術的な違いや特徴について比較解説します。
なぜ複数のプラットフォームの実装技術を理解する必要があるのか
Webマーケターの業務において、単一のデータ分析プラットフォームだけではなく、複数のツールを併用したり、将来的に他のツールへの移行を検討したりする場面は少なくありません。例えば、一般的なアクセス解析にはGoogle Analyticsを用い、特定のユーザー行動分析にはAmplitudeを、エンタープライズレベルの高度な分析やAdobe Experience Cloudとの連携にはAdobe Analyticsを使用するといったケースです。
異なるプラットフォームでウェブトラッキングを実装する際、それぞれの仕組みやデータモデルを理解していないと、データの定義に齟齬が生じたり、重複したデータを収集してしまったり、想定外の計測漏れや二重計測が発生したりする可能性があります。正確で信頼性の高いデータを取得し、分析業務を円滑に進めるためには、各プラットフォームのトラッキング技術に関する深い理解が求められます。
ウェブトラッキングにおける共通の基本要素
各プラットフォームの実装技術を比較する前に、ウェブトラッキングにおける基本的な要素を再確認しておきましょう。
- イベント: ユーザーがウェブサイト上で行った特定のアクション(例: ボタンクリック、ページスクロール、動画再生など)を指します。トラッキングの最小単位となることが多いです。
- パラメータ/プロパティ: イベントやユーザー、その他の要素に付随する詳細情報です。イベントが発生したページのURL、ボタンのテキスト、購入した商品の価格などが含まれます。
- ユーザー識別子: ウェブサイトを訪問したユーザーを識別するための情報です。Cookie ID(Client ID)、ログインユーザーに紐づくUser IDなどがあります。これにより、同一ユーザーの複数回の訪問や行動を紐付けて追跡できます。
- セッション: 同一ユーザーによる一連のインタラクションのまとまりです。一般的には、一定時間操作がないとセッションが終了したとみなされます。
これらの基本要素は、どのプラットフォームでもデータ収集の根幹をなしますが、その定義方法、収集方法、データモデル上での扱いに違いが見られます。
主要データ分析プラットフォームにおける実装技術の特徴
ここでは、Google Analytics (GA4)、Adobe Analytics、Amplitudeのそれぞれのトラッキング実装技術について、その特徴を解説します。
Google Analytics (GA4)
GA4は、従来のUniversal Analyticsから大きく変化し、イベント中心のデータモデルを採用しています。すべてのインタラクションはイベントとして扱われます。
- データモデル: イベントとそれに付随するパラメータが中心です。「page_view」「click」「scroll」などの自動収集イベントに加え、ビジネス要件に応じたカスタムイベントを定義します。
- 実装方法:
gtag.js
: ウェブサイトの<head>
タグ内に設置するJavaScriptライブラリです。基本的なページビューや一部のイベントを自動収集し、カスタムイベントの送信も可能です。- Google Tag Manager (GTM): タグ管理システムです。GTMを介してGA4設定タグやGA4イベントタグを配信することで、コードを直接編集することなく柔軟なトラッキング設定が可能になります。データレイヤー(
dataLayer
)に格納された情報をトリガーや変数として利用し、イベントパラメータとしてGA4に送信するのが一般的です。
- ユーザー識別: デフォルトではブラウザのCookieを用いたClient IDでユーザーを識別します。加えて、ログインユーザーなどを識別するためのUser IDを設定することで、クロスデバイスでのユーザー行動追跡やより正確なユーザー数を把握できます。Google Signalsを有効にすることで、Googleアカウントにログインしているユーザー間でのクロスデバイス追跡も可能です。
Adobe Analytics
Adobe Analyticsは、もともとページビューと変数(Props, eVars)を中心に設計されたプラットフォームですが、近年ではExperience Platform Web SDK(Alloy.js)の利用が推奨されており、より柔軟なデータ収集が可能になっています。
- データモデル: 従来のAppMeasurementでは、ページビューが発生した際に複数の変数(Props, eVars, Events)にデータを格納して送信する「ヒット」という概念が中心でした。Propsは主に訪問単位の属性、eVarsはコンバージョンに関連する属性、Eventsは特定の発生(購入完了など)を記録するために使用されます。Experience Platform Web SDKでは、XDM (Experience Data Model) と呼ばれる標準スキーマに基づいたデータ収集が可能になり、よりイベント中心の考え方を取り入れつつあります。
- 実装方法:
AppMeasurement.js
: 従来のJavaScriptライブラリです。ページビューごとにs.t()
メソッドなどを呼び出し、事前にJavaScriptで定義した変数に値を設定して送信します。- Experience Platform Web SDK (
Alloy.js
): Adobe Experience Platformのデータ収集エンドポイントにデータを送信するためのSDKです。Adobe Launch(Adobeのタグ管理システム)やGTMを介して実装します。XDMに準拠したイベントデータやコンテキストデータを送信します。 - Adobe Launch: Adobe Analyticsを含むAdobe Experience Cloud製品のタグ管理システムです。ルールベースでのタグ配信やデータ要素の定義を行い、トラッキング実装を効率化します。
- ユーザー識別: 主にCookieを用いた訪問者ID(
visitorID
)でユーザーを識別します。Adobe Experience Cloud ID Service (ECID Service) を利用することで、Adobe Experience Cloud内の他の製品(Adobe Target, Adobe Audience Managerなど)と共通のユーザーIDを生成し、クロスソリューションでのユーザー追跡や連携を可能にします。カスタムのUser IDを設定することも可能です。
Amplitude
Amplitudeは、プロダクトアナリティクス、すなわちユーザーのプロダクト(ウェブサイトやアプリケーション)内での行動データ分析に特化したプラットフォームです。すべてのデータはイベントとして扱われます。
- データモデル: イベントと、それに付随するEvent Properties (イベントの属性) および User Properties (ユーザーの属性) が中心です。GA4と同様にイベント中心ですが、ユーザー行動の分析に特化しているため、「Cohort」「Funnel」「Retention」といった分析機能が強力です。
- 実装方法:
- Amplitude SDK (JavaScript SDK): ウェブサイトに組み込むためのJavaScriptライブラリです。
amplitude.getInstance().logEvent('Event Name', { eventProperty1: 'value' });
のように、JavaScriptコードから直接イベントを送信します。 - Tag Management Systems (GTMなど): GTMを介してAmplitudeタグを配信し、データレイヤーなどの情報を利用してイベントデータを構築・送信することも一般的です。
- Amplitude SDK (JavaScript SDK): ウェブサイトに組み込むためのJavaScriptライブラリです。
- ユーザー識別: デフォルトではCookieを用いたDevice IDでユーザーを識別します。ログインユーザーにはUser IDを設定することで、Device IDと紐付けられた行動データをUser IDに統合し、ユーザー単位での正確な分析を可能にします。Identify APIを用いてUser Propertiesを設定し、ユーザー属性を管理します。また、Set Group APIを用いてユーザーをグループ(例: 企業、チーム)に紐付け、グループ単位での分析も可能です。
実装技術の違いがもたらす影響
これらの実装技術の違いは、データ収集設計、分析、運用に様々な影響を与えます。
- データモデルの思想: GA4とAmplitudeはイベント中心ですが、Adobe AnalyticsのAppMeasurementはページビューと変数中心という違いがあります。この違いは、データをどのように定義し、収集すべきかという設計思想に直結します。例えば、GA4やAmplitudeでは個々のクリックをイベントとして詳細に収集・分析することが容易ですが、Adobe Analytics(AppMeasurement)では特定のクリックをイベントとして定義し、関連情報を変数に格納するといった設計が必要になります。
- コード実装・タグ管理: 各プラットフォームが提供するSDKやライブラリ、タグ管理システムとの連携方法が異なります。データレイヤーの活用方法や、カスタム変数、イベントの設定方法など、具体的な実装手順はプラットフォームごとに習得が必要です。
- データ収集設計の複雑さ: ビジネス目標や分析要件を満たすために、どのイベントを、どのようなプロパティと共に収集するかという設計は、プラットフォームのデータモデルに合わせて行う必要があります。例えば、ECサイトでの購入完了データを収集する際、GA4では購入イベントとその商品情報や金額をパラメータとして送信しますが、Adobe Analytics(AppMeasurement)では購入イベントをイベント変数に設定し、商品リストや購入金額を別の変数(例: purchase ID, products, purchase event)に設定するといった違いが生じます。
- レポーティング・分析思想: 収集されたデータの構造が異なるため、各プラットフォームが提供する標準的なレポートや分析機能も異なります。GA4はユーザー行動のイベントストリームを分析するのに適しており、Amplitudeはファネル分析、コホート分析、リテンション分析といったユーザー行動のパターン分析に強みがあります。Adobe Analyticsは、セグメンテーション、経路分析、アトリビューションなど、柔軟かつ詳細な分析が可能です。
複数のプラットフォームを連携させる際の課題と解決策
複数のデータ分析プラットフォームを併用する場合、データの整合性を保つことが課題となります。
-
課題:
- データの定義のズレ: 同じユーザー行動でも、プラットフォームごとにイベント名やパラメータ/プロパティの名称、値のフォーマットが異なると、後からの突合作業が困難になります。
- 重複収集・計測漏れ: 同じデータを複数のプラットフォームで収集する際に、トリガー設定ミスなどによりデータが重複したり、逆に一部のプラットフォームで計測が漏れたりする可能性があります。
- パフォーマンスへの影響: 複数のトラッキングタグをクライアントサイドで実行すると、ウェブサイトの読み込み速度に影響を与える可能性があります。
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解決策:
- データ収集設計の標準化: 可能な限り、データレイヤーの定義やイベントの命名規則をプラットフォーム間で統一し、共通のデータソースから各プラットフォームにデータを配信する仕組みを構築します。
- タグ管理システムの活用: GTMやAdobe Launchのようなタグ管理システムを一元的に利用することで、タグの配信ルールや変数を集中管理し、実装ミスを減らします。
- サーバーサイドトラッキングの導入: ユーザーのブラウザではなく、自社のサーバーサイドでトラッキングデータを処理し、各プラットフォームのAPIに送信する仕組みです。これにより、クライアントサイドの負荷軽減、データ定義の統一、ブラウザのトラッキング防止機能の影響低減が期待できます。
- データウェアハウスへの統合: 各プラットフォームから収集した生データをデータウェアハウス(例: BigQuery, Snowflake)に集約し、ETL(Extract, Transform, Load)処理によってデータの整形や統合を行うことで、プラットフォーム間の差異を吸収し、統一的な分析基盤を構築します。
まとめ
Google Analytics、Adobe Analytics、Amplitudeといった主要なデータ分析プラットフォームは、それぞれ異なるデータモデルと実装技術を採用しています。GA4はイベント中心で柔軟なデータ収集が可能、Adobe Analyticsは従来の変数モデルからXDMへの移行期にありエンタープライズ向けの高度な分析に強み、Amplitudeはイベントとユーザー属性による行動データ分析に特化しています。
これらの違いを理解することは、ウェブトラッキング設計において、どのデータをどのように収集すべきかを適切に判断するために重要です。また、複数のプラットフォームを連携させる際には、データ収集設計の標準化、タグ管理システムの活用、サーバーサイドトラッキング、データウェアハウスへの統合といった手法を検討することで、データ活用の幅を広げつつ、データの信頼性を確保することが可能になります。
貴社のビジネス要件や分析目的に最も適したプラットフォームを選択し、その特性を理解した上で正確なトラッキングを実装することが、データに基づいた意思決定を行うための基盤となります。